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伝統気功

 
  劉超のワンポイント養生気功 

 

  

馬礼堂老師伝

                          
 馬礼堂老師伝
 馬礼堂の養気功


















 劉超先生の気功教室を受講した人は誰でも名前を知っている馬礼堂老師(1903〜1989)。
著名な武術家で気功師で中医師。養生気功の編纂をし、多くの人を病気から救い、本をたくさん書き、詩を愛し、劉超先生の師匠でもあった馬先生はどんな人生を送ったのでしょうか。また養生気功はどうやって誕生したのでしょうか。 


7歳の時父親が急死、医学の道へ
  幼名を馬歩周といった馬礼堂先生は中国の河北省で生まれました。農民だった父親は歩周少年が7歳のときに急病で亡くなりました。
  一夜にして一家の大黒柱を失った母親は大変嘆き悲しみ、大きくなったら医者になり人々を病気から助けるようになってほしいと息子に強く願いました。馬少年は塾で伝統的中国医学を学ぶ傍ら、ある種の超能力で人々の病気治療のための漢方薬の処方ができる祖父からも可愛がられ、その経験のすべてを授けられました。
 13歳で肺を病んだ時には、伯父から気功を習い、静功で自らの病気を治し、17歳の頃にはもう単独で治療を施すことができるようになっていました。 

中医学で能力発揮、 周恩来と出会う

  1930年河北大学に入学し、さらに武術、気功、中医学に関する知識や理論を深く身に着けた馬青年は、治療費が払えない人からは謝礼ももらうことなく誠意をもって病から助ける一方、当時の国の腐敗と人民の困窮の状況を詩に書き正義の心を示していました。
  在学中には、恒寿山、尚云祥など12名の著名な武術家と出会い研鑽を積んだ馬青年は、1936年革命の道理を説き、南部で周恩来とも出会っています。解放活動を通じて、馬青年は初めて自分の気功や中医学の能力を発揮する場が与えられることになり、周恩来の母親や、毛沢東の先生などの治療にもあたり、その高い能力、技術について賞賛の詩が寄せられるほどでした。

普照老師に師事、馬礼堂養気功を集大成
  1930年代は、北京の孔教会の著名な気功家普照老師に師事して気功の真髄を身に付けた馬礼堂先生は、その後数十年さらに勉強と実践を繰り返して、病気を治す健身と延年益壽を目的とした馬礼堂養気功をまとめあげました。すなわち、
六字訣、洗髄金経、太極功、行功、站とう功、座功、臥功、循経按摩の8つの功法を一括し、中国医学理論や太極理論などを加えて、馬礼堂養気功を編纂しました。馬礼堂先生の養気功は、簡単でやさしく誰にでもでき、偏差が出にくく、病気に対応しているため効果が明確で、大変普及しやすい気功です。武術、仏教、道教、中医学などの要素をひとつに含めたすばらしい気功として、その効果が評判を呼び、中国衛生部でも関心を寄せ、馬礼堂先生の著書が多数出版されました。
 

新中国でも医師として献身的に活躍
          しかし、たびたび投獄も
 
  後年、新しい中国の中央政府高官の担当医師として馬礼堂先生は、気功、針、中医学の高い知識と経験で持てる力を大いに発揮して活躍しました。一般の老人や子供はもちろん高官の子供の命も助け、どんなにお礼をしたいといっても受け取りませんでした。馬礼堂先生の病気で困っている人に対する献身的な救済の姿勢は、気功は信じないと言っていた人の病気も治しました。ある人が、どうしてそんなに人々を病気から助けることができるのですかと尋ねると、馬礼堂先生は気功の根幹を成すものは愛の一文字だと答えたそうです。
 馬礼堂先生の人生は決して平坦なものではなく何度も投獄もされました。4人の子供がいましたが、養育をまかせっきりにした妻へは、妻の眉毛を画いて愛情を示す故事になぞらえて苦労をかけたことへの感謝の詩を贈っています。
 文革中は反革命分子とみなされ批判され、一時期周恩来の指示で田舎に移りましたが、田舎から帰っても、村人の診療を続けていました。多い時は1日で12 8人もの人を診たこともありました。謝礼も取らずに大勢の病気を治してくれる馬礼堂先生を村人は神様のように思っていました。
  
北京に戻って、再び幅広く活躍
   北京に戻ってからは、馬礼堂先生に中医学や気功を習いたいという人が川の流れのように並び、夜でも門鈴が鳴りやむことはなかったほどでした。
 どんなに忙しくても馬礼堂先生は決して誰も拒否せず全員に対応し、人と付き合う喜びを詩に書き、治療だけでなく教育もしていました。そのような馬礼堂先生の人柄を慕って多くの人が集まり、日本、アメリカ、フランス、オーストラリア、インド等々、世界に気功が広まりました。
 

馬礼堂先生は、中国気功科学研究会の名誉理事、馬王堆気功学院顧問、北京大学武術気功学会名誉教授、広州大学教授、その他いろいろな武術や気功の研究の要職を勤め、中国文化中院老師という尊称を授かりました。1988年、馬礼堂先生の気功を教材として、中国中央テレビで初めて全国放映もされました。中国の著名な学者で思想家の梁漱溟先生は馬礼堂先生の人柄や勉強する姿勢を詩に書いて最高に称えました。
 

夜は10時に就寝、朝3時に起きて養気功
誰にでも、惜しみなく知識を分け与える

  後年、若き劉超先生か内弟子として生活をしていたころは、夜は10時に就寝、朝3時に起きて一通りの養気功で身体をほぐした後、本の執筆をし、簡単な朝食をとり、清貧な生活を続けていました。
  人々の治療では相変わらず謝礼を受け取らなかったので、住まいには届けられた感謝の気持ちの詩や食料があふれ、食べ物を買う必要がなかったほどでした。
  お金があっても良いことに遣わないのでは罪になる。自分の人生を振り返ってみても健康であれば、どこであるうと自分のいるところが安楽で一番の幸せなのだ、との考えでした。
  馬礼堂先生は、自身の中医学の知識や気功、武術の技術や高さもさることながら、それを人々に惜しみなく分け与え、誰にでも愛の心で接し世の中を救い、母が願ったよりもはるかに高い人生を送ったのではないでしょうか。 馬礼堂先生の一人娘の馬栩周先生は、現在欧米で馬礼堂気功の伝承者として活躍しています。
 馬礼堂先生の考える気功とは、人体構造の中の生命活力を維持する原動力が気であり、五臓六肺の活動のすべてに気が必要である。人体は無数の細胞からできており発育成長、老化、死というものは、その細胞の新陳代謝の過程に起こる変化であり、新陳代謝を促進するものが気である。気功は、天から授かった真気を回復させ、人間が元来持っている潜在能力を発揮させる方法であり、自力で生きる力を取り戻し、健康と長寿を獲得させる方法であると説明されています。生命活動の原動力である真気を正しく運行させるための鍛錬が養生であり、その運行の法則によって編み出された気功が養生気功なのです。

(会報誌 『ひこばえ』 第2号 2006年12月1日発行より。写真は中国国際テレビ総公司「馬礼堂養気功」より。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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写真は中国国際テレビ総公司「馬礼堂養気功」より


馬礼堂の養気功

                   
 
 中国文化中院老師という名誉ある尊称を授かり、数多くの大学や気功学会の要職に就き、中医師であり著名な気功師であった馬礼堂先生の気功は、中国衛生部からその著書がたくさん出版されたり、中国中央テレビが気功番組として初の全国放映をするなど高く評価されています。「馬礼堂養気功」とはどんなものか、馬礼堂先生から日本の人に 広く気功の良さを伝えることを託されて来日した最後の弟子である劉超にお話を聞きました。
 


 馬礼堂老師伝
 馬礼堂の養気功
 
  
やさしく、だれにでもできる

  「馬礼堂の養気功」は病気を治す健身と延年益壽を目的として馬先生が生涯をかけて編纂したもので、六字訣、洗髄金経、太極功、行功、たんとう功、座功、臥功、循経按摩の8種類の伝統的功法に、中国医学理論や大極理論の見地を加えて構成されています。
  その特長は、行うには簡単でやさしく、畳一枚の広さがあればいつでもでき、ゆっくりとして自然にさからわない無理のない動きは老若男女誰にでもでき、特に高齢者に適しています。そして偏差(副作用のような反応)は少なく、症状に対応しているので、健康管理や医療面でもはばひろく応用できるといわれているすばらしいものです。  
 生命活力の原動力は気
  馬礼堂先生は、人間の身体の構造の中にある生命活力を維持する原動力が気であり、五臓六俯の機能が順調に活動するのに必要不可欠なものであるとしています。
  人間の身体は無数の細胞からなり、発育成長、老化、死亡というものは、それらの細胞の新陳代謝の過程で起こるひとつの変化なのですが、その新 陳代謝を促進し、身体に良い影響をおよぼすものこそが気であります。
  気は定まった経絡に沿ってリズムに乗って全身を巡りますが、運行そのものが不調であったり、軌道上に故障が起きると身体は健康を維持できず衰えてきます。
 気功とは
  気功とは、気の運行を回復させ、生命の生成や成長の法則にもとづいて人体の潜在能力を発揮させ、自力で生きる力を取り戻し健康と長寿を得ることができる技術のことです。
つまり、気功をすることにより、気血が流れて元気が満ち、血流が盛んになり、とどこおりが通じ、むすぼれたものは解け、硬いものは柔らかくなり、毒素は飛び散り、陰陽が平衡し、長寿へつながる、ということです。
  そして、生命活動の原動力である気を正しく運行させるための鍛錬を養生といい、運行方法にのっとって編み出された気功が「馬礼堂養気功」なのです。
気の働きと分類
 気の働きは身体の部位への現れ方や機能によってそれぞれ名前がついています。たとえば、陽の部分(体を折り曲げたとき太陽のあたる部分)に運行する気は陽気、陰(体を折り曲げたときに太陽のあたらない内側の部分)の気は陰気と呼ばれていますが、馬礼堂先生の分類では、気は生成や作用からみて大きく4つに分けられます。 
  4つとは、元気、宗気(大気)、営気、衛気です。
元気(げんき)は人体の気です。父母から授かった先天の精気、水穀(飲食物)の摂取から得られる後天の穀気と、自然界の空気(天陽の気)の3つが結合してできる最も重要な気です。
  先天の気は腎に、穀気は脾・胃に、そして天陽の気は肺にそれぞれ関与し、元気は経絡を通じて全身を巡り、五臓六腑の機能の正常な働きを促す生命活動の原動力となる根本的な気です。
  身体の健康を維持するためには元気の補充が必要となります。昔から中医は元気を養うことを病気治療の根本としてきました。 宗気(そうき)は大気とも呼ばれ、肺が自然界から吸収した天陽の気と脾胃が飲食物中から摂取した穀気が結びっいて肺に集まった気です。肺の呼吸活動を助け、音声や呼吸の強弱に関係し、心脈を貫いて気血をめぐらし、気血の運行、心力の強弱、調律に関係します。 残りの2つは、衛気(えいき)と営気(えいき)です。衛気は脈の表面に分布し、皮膚を保護レ外邪の侵入を防ぐ防御作用の働きをします。また体温を温め、毛穴の開閉の調節により汗の排泄をコントロールし、身体の恒常性を維持します。
 営気は、脈の中で血液の構成要素となって全身を巡ります。血液の新陳代謝を促し、全身に栄養を送るので栄気ともいわれます。衛気と営気はいずれも飲食物の栄養から生じるもので、脈の内外を密接な関係をもって体内を巡り、調和することにより健康体が維持されるのです。
各功法の特徴は
「馬礼堂の養気功」を構成する功法はそれぞれに特徴を持っています。六字訣は一定の動作をしながら中国の6つの文字を発声するところに特徴かあり、6つの文字はそれぞれ五臓六腑に対応しそれぞれの機能を強化します。洗髄金経はツボを按摩(按は押さえる、摩はさするの意味)、マッサージすることにより身体を捻転・屈伸させ全身の骨や関節の中の髄を洗います。髄液が活動を始めると、筋肉の気血も五臓六腑を巡ります。循経按摩は、呼吸の、吸う・吐くのリズムに呼応しながら気血の循路どおりにマッサージしていくことによりその流れを促進させます。行功はいろいろな歩き方で歩くことにより関節の動きをよくし、筋肉や骨を運動させます。歩幅や姿勢、足の下ろし方、着地する部分の違いなどを利用して各経絡の流れを誘導し、陰陽を整え、気血の巡りをよくするものです。 
生命活動は大自然と一体
 伝統的な中国医学では、天人合一といって人間そのものがひとつの宇宙であり、その人間は宇宙の中にあって天地と共存し、宇宙の運行の法則の中で生かされている存在で、その生命活動を大自然から切り離すことはできないと考えています。  
  養気功もこの考え方に則っており、鍛錬を通じて自然の変化に対する適応力や、病気に対する抵抗力を高め、人々の健康を維持する修行方法です。
  中国医学では、身体の中に正気が不足し、陰陽のバランスがくずれると邪気(病気)が発生すると考えます。
  練功の目的は、人間を全体として調整し、その心や身体がいろいろなことで起きる変化に対応できるようにし、病気にならないように整え、病気にかかっても本来の元気に無理なく戻す、というところにあるのです。           
(会報誌 『ひこばえ』 第3号 2007年6月1日発行より、劉超談
)

 
馬礼堂老師と劉超(左)



 

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